Hotel degli Orafi - Lungarno Archibusieri, 4 - 50121 Florence (Italy)
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フィレンツェ観光スポット

散策コース

観光ツアーや散策コースについて、当ホテルスタッフに気軽にお訊ね下さい。
フィレンツェの街を徒歩で散策なさるなら、ガイドをお付けになる事や、グループでお出かけになること等も可能です。また、バス観光ツアーでフィレンツェ近隣の魅惑の街巡りなど、広範囲に渡ってお選びいただけます。
数時間から丸1日まで、皆様のご予定に合わせてご提案させていたします。
既存のパックツアーの他、お客様のご要望に合わせた完全プライベートツアーの企画も可能です。
ご希望に叶ったご観光ができますよう、当方テルのレセプション・スタッフが尽力させていただきます。



オルマンニ保有地...
時を忘れる桃源郷

その後、所有権はスカルラッティ家へ、そしてメディチ家へと移り、現在はキャンティ地区の中心部であるポッジボンシからカステッリーナの間に広がる広大な農業地帯となっております。
1818年以降はブリニ・バタッキ家の所有となり、ワインやオリーブ等の収穫物を有用するほか、何軒かの農家を2〜10人用の快適なマンションへと改築し、トスカーナ風の家具を設え、身体の不自由な方でも訪れられるようにしました。
『ラ・クエルチェ(La Querce:樫の意味)』農園や『ポデーレ・モンティニャーノ(Podere Montignano)』農園には、プールやバーベキュー設備、芝生などが整っております。
施設は一般道からも遠く、静かな森の奥深くにあり、葡萄やオリーブ畑にも取り囲まれた広大な景観は、今なお中世の佇まいで、時を忘れる桃源郷のよう。 農園の製品の直販売も行なっております。

www.ormanni.it

Corridoio Vasariano
ヴァザーリ回廊 [ 情報 ]

ヴァザーリ回廊(Corridoio Vasariano)はメディチ家のコジモ1世(Cosimo I de’ Medici)が、息子フランチェスコ(Francesco)とジョヴァンナ・ダウストリア(Giovanna d’Austria)との結婚の際に、ジョルジョ・ヴァザーリ(Giorgio Vasari)に命じて僅か5ヶ月間で建設させたもの。

Loggia del Porcellino
ポルチェッリーノ回廊 [ 情報 ]

ポルチェッリーノ回廊(Loggia del Porcellino)と言えば、フィレンツェのメルカート・ヌオーヴォ回廊(Loggia del Mercato Nuovo)の中でも最も有名で、その名はポルチェッリーノ噴水通り(via della fontana del Porcellino)に由来している。

Ponte Vecchio
ポンテ・ヴェッキオ [ 情報 ]

フィレンツ最古の橋。初めて建設されたのはローマ時代にまで遡り、アルノ川の氾濫により幾度となく崩壊してきた。

Galleria degli Uffizi
ウフィッツィ美術館 [ 情報 ]

ウフィッツィ宮(Palazzo degli Uffizi)と言えば、その驚嘆すべき所蔵品の数々により世界でも有数の美術館である。1560年、メディチ家のコジモ1世(Cosimo I de’ Medici)の命によりジョルジョ・ヴァザーリ(Giorgio Vasari)が手掛け、最後はブオンタレンティ(Buontalenti)によって仕上げられた。

Palazzo Vecchio
ヴェッキオ宮 [ 情報 ]

ヴェッキオ宮(Palazzo Vecchio)はシニョリーア広場(piazza della Signoria)に位置し、1872年よりフィレンツェ市庁舎として使われている。

Duomo
ドゥオーモ [ scheda ]

フィレンツェのドゥオーモ(Duomo)はピンク大理石のファサードに、かの名高いクーポラでもって街を見下ろしている。

Piazza della Signoria
シニョリーア広場 [ 情報 ]

輝かしいシニョリーア広場(Piazza della Signoria)が形作られ始めたのは1268年で、教皇派のグエルフィ(Guelfi)がフィレンツェの町を奪回し、敵方の皇帝派ギベッリーニ(Ghibellini)の全家屋を取り壊した時の事。

Museo Nazionale del Bargello
バルジェッロ美術館 [ 情報 ]

バルジェッロ美術館(Museo del Bargello)には貴重な彫刻コレクションが収蔵されており、美術館の名はバルジェッロ宮(Palazzo del Bargello)に由来している。

Palazzo Pitti e Giardino di Boboli
ピッティ宮およびボボリ庭園 [ 情報 ]

ピッティ宮(Palazzo Pitti)が建設されたのは1440年頃の事。銀行家ルーカ・ピッティ(Luca Pitti)のためフィリッポ・ブルネレスキ(Filippo Brunelleschi)が設計を手掛けた。

Accademia delle Belle Arti
アッカデミア・デッレ・ベッレ・アルティ(美術学校) [ 情報 ]

フィレンツェ美術学校(Accademia delle Belle Arti di Firenze)には旧サン・マッテオ(San Matteo)病院施設が利用されており、同施設は1388年〜1410年に建設されたものである。

Accademia dei Georgofili
アッカデミア・デイ・ジェオルゴフィリ(農業研究学校) [ 情報 ]

同機関がフィレンツェに設立されたのは1753年6月4日、カノニコ・ラテラネンセ(Canonico Lateranense)とウバルド・モンテラーティチ(Ubaldo Montelatici)の発案に依るものだった。ヨーロッパ初の公的機関を成し、土地を合理的に活用し生産向上にむけた農業研究が行なわれた。ロレーヌ家の大公ピエトロ・レオポルド1世(Granduca Pietro Leopoldo di Lorena)の庇護の下、農業機具改善や小麦取引き、家畜飼育、分益小作制度、開墾等に関連する重要問題や、当時の土地の生産性等に関する諸問題に立ち向かっていった。

Piazzale Michelangelo e Basilica di San Miniato
ミケランジェロ広場およびサン・ミニアート・アル・モンテ教会 [ 情報 ]

フィレンツェにイタリア首都がおかれた1865年に、建築家ジュゼッペ・ポッジ(Giuseppe Poggi)がポルタ・ディ・サン・ニッコロー(Porta di san Niccolò)からミケランジェロ広場(Piazzale Michelangelo)、モンテ・アッレ・クローチ通り(Monte alle Croci)にあるサン・ミニアート・アル・モンテ教会(San Miniato al Monte)まで続く通りを作り上げた。

Museo delle Pietre Dure
ピエトレ・ドゥーレ博物館 [ 情報 ]

ピエトレ・ドゥーレ博物館(Opificio delle Pietre Dure:『OPD』の頭文字でも知られている)は中心街サン・マルコ地区アルファーニ通り78番地(via degli Alfani 78)所在。サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂(Santa Maria del Fiore)からは400mに位置する必見の貴石加工美術博物館である。