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フィレンツェ

ヴァザーリ回廊
ヴァザーリ回廊(Corridoio Vasariano)はメディチ家のコジモ1世(Cosimo I de' Medici)が、息子フランチェスコ(Francesco)とジョヴァンナ・ダウストリア(Giovanna d'Austria)との結婚の際に、ジョルジョ・ヴァザーリ(Giorgio Vasari)に命じて僅か5ヶ月間で建設させたもの。

  • 情報
  • アルノ川を横切り、ウフィッツィ美術館(Galleria degli Uffizi)を通ってヴェッキオ宮(Palazzo Vecchio)とピッティ宮(Palazzo Pitti)を結ぶ高架式屋内回廊であり、大公らが屋外の道を通ることなく各所を移動できるよう作られた。また、予期せぬ出来事が起きた際にはメディチ一族が避難通路として使用することもできるようにした。ポンテ・ヴェッキオ(Ponte Vecchio)上で店を構えていた肉屋は、その悪臭が大公を煩わせないようにと移転させられるほどで、同回廊はメディチ家の権力の象徴とされていた。
    現在、回廊内にはウフィッツィ美術館所蔵の作品の一部が展示されている。しかし、かつての爆撃や1966年の洪水、1993年のジェオルゴフィーリ通り(via dei Georgofili)爆破事件により損害を被った作品もある。
    コレクションには17世紀のイタリア絵画や、世界的にも名高い18世紀の自画像コレクションが含まれている。
    これらの展示はウフィッツィ美術館より始まり、ブオンタレンティの洞窟(Grotta del Buontalenti)で有名なボボリ庭園(Giardino di Boboli)で終了している。
    回廊の建設工事中、中世からのマンネッリ家(Mannelli)の塔の撤去を拒まれたため、塔周辺を迂回せざるを得なくなった。
    1939年にヒットラーがフィレンツェを訪れた際、ポンテ・ヴェッキオやヴァザーリ回廊に驚愕していたと伝えられている。それ故に、ナチス軍撤退の際にポンテ・ヴェッキオが破壊されなかったのかもしれない。
    アルノ川を越えると、回廊はテラス越しにサンタ・フェリチタ教会(chiesa di Santa Felicita)に面し、大公一家は一般大衆に混じることなくミサに参列できた。

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